エゾシカ個体群の遺伝的空間構造は個体群の回復に伴って変化した

 

Ou, W.,  Takekawa, S., Yamada, T., Terada, C., Uno, H., Nagata, J., Masuda, R., Kaji, K., & Saitoh, T. (2014)  Temporal change in the spatial genetic structure of a sika deer population with an expanding distribution range over a 15-year period. Population Ecology, 56(2): 311-325. 

エゾシカ個体群は1900年前後に乱獲などによって激減した後,狩猟の制限や生息地の改変などによって,1970年代以降に回復しました.ボトルネック期には,阿寒,大雪,日高地方で小個体群が生き延びたと考えられ,それぞれが固有のmtDNAハプロタイプ頻度を持つようになりました.しかし,個体群の遺伝的空間構造(分集団構造)の詳細は明らかにされておらず,個体群の回復にともなって分集団構造がどのように変化したのか(変化しなかったか)についても知られていません.我々は,1990年代にサンプリングされた168個体の遺伝子情報を新たに収集した169サンプルのそれと比較し,分集団構造の変化を分析し,それに関わる要因について議論しました.分集団構造の変化を知ることは,個体群の構造化のプロセスを知る上で不可欠であるばかりでなく,個体群の管理ユニットを決めるためにも重要です.


エゾシカ個体群の分集団構造を解析ソフト GENELANDを使って分析したところ,mtDNAハプロタイプ頻度分析に基づく分集団数は, 19911996に採集されたサンプルでは4だったのに対し,20082010に採集されたサンプルでは3に減少しました(図1).この変化は,1990mtN11990mtN2が融合して2000mtN になったことが原因であり,分集団間の密度勾配に沿ってエゾシカが移動したためだと考えられました.マイクロサテライトDNA を使った分析では大きな変化は検出されませんでした.

個体数を適切に管理するためには,メスのでもグラフィックな特徴に注目する必要があります.mtDNAに基づく分集団間では雌の移動が制限されているので,一方の分集団で十分にメスを捕獲して個体数を減少させたとしても,その効果は他方の分集団には及びません.ですから,mtDNAに基づく分集団構造に従って管理ユニットを決める必要があります.

(齊藤 隆)

図1.mtDNAハプロタイプ頻度分析に基づくエゾシカ個体群の分集団構造.(a) 19911996に採集されたサンプルに基づく構造,(b) 20082010 に採集されたサンプルに基づく構造.異なったシンボルは異なったmtDNAハプロタイプを示す.

 

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