東アジア列島弧のケショウヤナギの遺伝構造:サハリンと日本との分化と隔離集団の多様性の減少
Nagamitsu T., Hoshikawa T., Kawahara T., Barkalov V, Sabirov R. (2014) Phylogeography and genetic structure of disjunct Salix arbutfolia populations in
Japan. Population Ecology, Online early publication
後期更新世における氷河期と間氷期の交替は、氷河期に南下した北方植物を間氷期に南方の山岳へ封じ込めた。日本を含む東アジア列島弧はそのような歴史を秘めている。とくに、本州の中部山岳には、北海道やサハリンに生育する植物が隔離して分布する。
ケショウヤナギは、そのような北方植物であり、上高地を彩る河畔林の盟主だ。本種は、東シベリアの河川には広く生育しているが、サハリン、北海道、本州の列島弧では寒冷気候で礫質氾濫原が豊富な河川に限定的に分布する。このような隔離分布が遺伝構造に与えた影響と、列島弧への侵入と絶滅の歴史を探ってみた。
カムチャッカ、沿海州、サハリン、北海道、本州の集団の葉緑体DNAハプロタイプは、1)カムチャッカとサハリン、2)沿海州、3)北海道と本州の3つに分けられた。北海道と本州のハプロタイプは、近縁種のオオバヤナギと同じハプロタイプだった。沿海州、サハリン、北海道、本州の集団の核マイクロサテライト遺伝子型は、本州がもっとも大きな分化を示し、残りのうちサハリンと北海道との分化が大きく、沿海州とサハリンとの間および沿海州と北海道との間の分化は小さかった。また、本州の遺伝的多様性は、沿海州、サハリン、北海道の値の3分の1しかなかった。これらの結果は、宗谷海峡を挟んで近接するサハリンと北海道との間の遺伝的分化と、本州の隔離集団の遺伝的多様性の減少を示している。
宗谷海峡は、氷河期のほとんどの期間に陸化していたので、遺伝子流動の障壁になるとは考えにくい。この遺伝的分化には、カムチャッカに至る東シベリからサハリンへの分布拡大や、日本列島に侵入した集団におけるオオバヤナギとの交雑を含む複雑な歴史が関与しているのだろう。一方、本州に隔離された集団は、遺伝的浮動の効果によって、大きな遺伝的分化と低い遺伝的多様性を示したと考えられる。
礫質の氾濫原に生育する上高地のケショウヤナギ(右上:長田光司撮影);葉緑体DNAハプロタイプの地理的変異(左);核マイクロサテライト遺伝子型の遺伝的距離にもとずく近隣結合法による集団間の樹形図(右下)