生態系管理や生物多様性保全に役立つ社会科学の展開
Lee, J-H. & Iwasa, Y. (2014) Modeling socio-economic aspects of ecosystem management and biodiversity conservation. Population Ecology. 56(1):27-40
生物多様性保全と生態系管理に成功するためには,生態系ダイナミックスを知るだけでなく,社会経済学的側面を知ることが重要です.本総説論文では,私達が行ってきた一連の研究を,人々の行動選択に関する考え方の違いに焦点を当てて紹介しました.
古典的な経済学では,資源利用において人々は自分自身の純便益を最大にする行動を採用すると仮定してきました.済州島における伝統漁法とエコツーリズムを扱った最初のモデルでは,このアプローチを採用しました.生態的動態と社会動態(人の選択)を組み合わせた数理モデルをつくり,エコツーリズムを共有漁場に入れた場合に生じるコンフリクトについて解析しました.もともとその漁場は海女が独占的に利用していたのです.モデルでは,単純な資源個体群ダイナミックスを仮定しました.ツーリスト数を制御する方法として,ツーリストから漁場に入る費用を徴収する場合と,漁場を2つにわけて片方だけをツーリストに公開する方法について調べました.
人々には向社会性(社会全体にとって望ましい行動をとりたいとする意欲)があります.第2のモデルでは,生物多様性保全の意義についての理解を高める活動への最適配分を議論しました.保全活動のためには社会のサポートが得られる必要があります.そのため,環境教育や博物館での展示,出版等の活動により,人々の保全への理解を高めて維持することが必要です.私達は,人員や予算などの資源のうち,どれだけを直接の保全活動(外来種のチェック,生息地の改善など)に,どれだけを社会の関心を維持する活動にふり向けるべきかを,動的最適化モデルとして定式化しました.その結果,初期の状態によっては,社会の関心レベルを最適レベルに変えるために片方だけに集中する時期があり,そのあと両方に分配することが最適であることが証明できました.
次に,人々は自分の利得を考えながら利得最適でない行動をとることがあります.第3のモデルでは,共有資源の持続的利用を達成する制度で,違反者への処罰が累進的であることが望ましいとされる根拠を問いました.自然資源の利用に関する野外研究から,人々の間の協力を維持するにはモニタリングと違反者への制裁が必要で,処罰の程度は違反がもたらす害の程度とともに増大するべきことが知られています.ここでは違反者への処罰のレベルについて理論的解析を行いました.その結果,つぎの2つのことが満たされていると,社会厚生関数を最大化する最適処罰則が,累進的になることが分かりました(下図).1つは,冤罪のリスクがあること,2つは人々は期待効用を完全には最大化できずに低い行動をとることもあるが,その程度が人々によって大きく異なることです.
これらの理論解析から,問題をうまく解決できるような生態系管理の施策を作成するためには,人々の行動選択をよく理解することがまず重要だと結論できました.
図
ルール違反行為に対して加える処罰について,社会全体にとって望ましい強度.横軸は違反行為がもたらす害の強さ.冤罪の確率が少しでもあると最適な処罰レベルは有限になる.加えて人々が処罰を受ける行為を控える程度が人によって大きくばらつくときには,害の程度とともに処罰の強さが増大する「累進的処罰」が最も望ましい.